かなり突然の出来事だったので、連絡があってからしばらくは実感がわかなかったけど、
いざ、じいちゃんの姿を見て、悲しむ親族の姿を見てようやく実感ができた。
9人の孫達は皆声を出して泣いていた。
みんな口を揃えて「おじいちゃんありがとう」と言っていた。
明るくて、冗談の好きな、人と関わる事が大好きなじいちゃんだった。
1つの事をこちらが言えば、10返ってくる様なじいちゃんだった。
口うるさくて、頑固。自分の娘は可愛くて仕方ない様だったけれど、
私の父と母、そして私の事は二の次という人で、親戚付き合いが小さい頃から大嫌いだった。
私はじいちゃんのたった一人の内孫で、じいちゃんの嫌な所も沢山見て来た。
じいちゃんの事が憎かったけど、それもいつかは消えて、この嫌な親戚関係も解決されて、
じいちゃんと色んな話が出来る日がいつか来るのだろうと思っていた。
それまでは今の仕事を頑張って、一人前になりたいと思ってた。
じいちゃんとの関係はここ近年最悪で、私は今年の正月わざとじいちゃんに会わなかった。
まさかこんな事になるなら、会っておくべきだったな。
あんなにうるさかったじいちゃんが、びっくりする程あっけなく逝ってしまった。
あれだけうるさい人がこんなに静かに逝ってしまうなんて人生って不思議だな。
じいちゃんの顔は凄く穏やかで奇麗だった。眠る様に亡くなったらしい。
山崎家の本当に中心的存在で、疎ましかったけれども、誰もがじいちゃんの事を愛して慕っていたんだな。
私はじいちゃんを避けていたけれど、本心はじいちゃんが大好きだった。
じいちゃんの葬式は思った以上に人が沢山来てくれて、もしじいちゃんが生きてたら「こんなに人が来たんだぞ!」
と自慢していたことだろうと思う。本当に。
久しぶりに従兄弟達とも会って話した。こんな機会がなければ会う事も無かったと思う。
みんな私よりも年上で、それぞれの人生を歩んでいる事が何だか頼もしかった。
建築関係の仕事に就いている従姉妹と、繊維関係に勤めている従兄弟とは仕事の話を聞けて
とても楽しかった。
従兄弟達とじいちゃんの思い出話になって、昔は正月に年齢順にじいちゃんに通知表を見せ
て、その結果でおこずかいが決まるというシステムもじいちゃんらしい発想だったね、
なんて話になった。お正月のビンゴや、麻雀、あみだくじでお金やお菓子をかけて遊んだ事も、
じいちゃんらしい発想だった。
手品とかハーモニカを趣味でやっていたけれど、手品は全てネタバレしているような手品で、
みんなそれを見てよく笑ったいたなー
じいちゃんの葬式に向かう電車からスカイツリーが見えて、何となく
「じいちゃんスカイツリー見たかっただろうな」って思って葬儀に向かった。
従兄弟と話している時に知ったけど、やっぱりじいちゃんはスカイツリー上りたいと
言っていたらしい。従兄弟達も電車から見えるスカイツリーを見てじいちゃんの事を思って
桐生へ向かって来た事を知って、何だか胸が苦しくなった。
じいちゃんに会わせたかった人もいる。そんな事はもう出来ないけれど、仕方ない。
長寿を全うしたんだ。いままでありがとうって気持ちを胸にしまって生きて行く。
じいちゃんが亡くなった事がこんなにも辛いなんて。
しばらくは落ち込むかもしれないけれど、これからの人生悔いなく生きて行かねばな。
もっとしっかりしなきゃな!
じいちゃん本当に大好きよー!

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